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2015 スイスアイアントレイル T201 レース 参加してきました。

Swacchiメンバー ホンダさんよりレポート頂きました。



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2015スイスアイアントレイルT201レースレポート

【プロローグ】
トレイルランニングのレースであるスイスアイアントレイルとの出会いはトレラン王国にて掲載されたトレイルランナー西田由香里さんのレースレポートだった。レースレポート自体は2013年に参加したもので、自分自身それを読んだのは2013年の秋。来シーズンのメインレースをどうしようか考えてるときだった。

早速、アイアントレイルのHPを閲覧し、ルートや写真を見てみる。すると絶景ばかりが広がるスイスアルプスの風景の中を走るレースというのがわかり、沸々と参加したい思いが出てきた。まぁ、結局のところ、色々な事情で、2014年はUTMBに参加することになり、アイアントレイルは諦めることになってしまったのだが。

そして2015年のアイアントレイルT201。参加申し込みの窓口が開いた2014年12月早々に、今回の旅仲間であるよねっちと共に申込をした。

【ダボス】
スイスアイアントレイルのメイン会場はスイスの東部に位置するダボスという町。巨大スキーリゾートであるダボスは、他にも世界経済フォーラムダボス会議でも有名だ。

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ダボスへの交通手段はスイス経済の中心地であるチューリッヒから鉄道で2時間半ほど。空港からだと2回ないしは3回の乗り換えで到着する。

街の標高は1558mで、今回訪問した8月中旬でも早朝の最低気温が8度、日中の最高気温が22度と、少し肌寒いものの、とても過ごしやすい気候だった。

街を歩いていたり、ロープウェイやケーブルカーを使って観光していて目立つのはマウンテンバイクに乗ったライダーだ。搬器等を使って山へ上がり、MTBでダウンヒルを楽しむ人が多い。ダボスに宿泊するとロープウェーなどの搬器が無料で乗れるダボスパスというものがもらえる。それを使いながら壮大な風景の中でダウンヒルを楽しめることは素晴らしい! 是非自分もやりたいな。

ところで、Davosの街を散策しても、アイアントレイルのポスターどころかその雰囲気さえ全くない。スタート地点であろう場所では準備も行われてなく、ホントにレースが行われるのか不安になった。

【レーススタート】
さて、メインの話に入っていくことにしよう。レースの名称は「SWISS IRONTRAL」レースカテゴリはT201。距離は数字のとおり公式では200.0km、累積標高差は11,440mだ。昨年参加したUTMBは168kmで累積標高差は9889m。比較すると距離で32km、標高差で1,551m規模が大きいレースとなる。持てる時間は64時間。途中カットオフタイムがあるのだが、設定された時間がどの程度の余裕を生んでくれるのか分からない。

UTMBでは身体が好調ということもあって、登り以外はほぼ走り、37時間を切ることができたが、昨年12月から右脚(特にふくらはぎ)の故障に悩み、さらには足底筋膜炎も抱えてしまったため、ほとんど走るトレーニングは出来なかった。心肺トレーニングとしてスイムとバイクを取り入れたが、なにぶん相手は200km。ほぼNOトレーニング状態でスタートを迎えた。

この身体の状態でどう戦うのか。答えはひとつ、ALL早歩きだ。過去の実績から言うと2011のUTMB、2013のアンドラでなんとかこの方法で完走している。コンディションは過去最悪だが、もうこれしかない。

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スタート時刻は8/13の午前8時。まだ朝の肌寒い空気が残る中、街の中心地にあるパブリック駐車場に選手が集まってきた。
今回の旅の相棒よねっちも風邪を引いてしまい。咳が止まらない状態での出走。よねっちと自分、お互い手負いの身でどこまでレースを続けられるのか未知数だが、レースを楽しみ、やれるだけのことはやるしかない。

それから、とんでもないアクシデントに見舞われた日本人と会った。その方はミシマさん。ダボスにレース前日に入ったのだが、なんとチューリッヒ空港でロストバゲージに遭遇してしまい、現地ダボスにてレース用具を一式購入しての出走という、とても経験したくないお話し。逆境に負けないで頑張ってほしい。

ちょっと長くなったけど、8/13午前8時予定通りレーススタートです。

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【0km,Davos(ダボス)→34km,Bergun(ベルギュン)】
スタートすると選手全員走り出した。自分としては最初から歩きたかったのだが、周囲の波に乗せられて走ってしまった。といっても坂道を下り切ったところまでの1kmほどだが。そこからは登りなので歩きモード。後ろからは走りたい人がどんどん抜いていく。スキー場を横切り、南へと進路を取り、まずは18km地点のSertigpass(サーティヒ峠、2739m)を目指す。

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11km地点のSertig Dorfli(サーティヒ村)まではトラーバース気味で300mほどしか標高を上げない。そしてここには最初のエイドがあり、これから待っている900mアップのためにバナナを目いっぱい口にした。

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900mアップとは言ってもさほど急登ではなく、つづらに折れた登山道をコツコツを登る。天気は快晴、景色は最高。でもよねっちのペースが上がらない。風邪の影響で呼吸がキツイみたいだ。

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Sertigpassを越えるとまた素晴らしい景色が広がった。このレースに出られた幸せをひしひしと感じる。


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22km地点、2630mのChamanna digl Kesch(http://www.kesch.ch/)のエイドに到着し、パンとブイヨン(コンソメスープ)を食す。この小屋結構綺麗で、トイレに寄ったら水洗トイレでした。


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この先はBergunまで12km、1250mの下り。相変わらず急な場所はなく、ダブルトラックというか林道に近いトレイルが延々と続く。この下りで自分の右脚に黄色信号点灯。脚が重くなってきた。

スタートから6時間34分(8/13,14:34)34km地点のBergunのエイドに到着。

【34km,Bergun(ベルギュン)→55km,Samedan(サメダン)】
そして我が一向は、21km先にある大エイドSamedanを目指し出発。Bergun1373mから約1100mアップのFourcla Crap Alv(46km)を越えるためにひた登る。まぁ登るといっても急登はなし。速い選手は走っているのだろうなと思う。

途中40km地点でNazのエイドでパスタがあった。今回エイド食に関しては、まったく同じ物が置いてあって終盤飽きてきたが、まだまだ序盤。美味しくいただきました。

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46kmのFourcla Crap Alvを越えると、雄大なスイスアルプスの景色が広がった。しかーし、目の前には激坂登場! 約600m下す。下り坂がどうもいまひとつな自分。案の定、この激下りで右脚が悲鳴を上げるが景色を見ながら「綺麗だな~」と気を紛らわせて下った。

このまま55kmのSamedanに向かうのかと思いきや、Margunin(マルギューン?)という2426mの峠に登らなくてはいけない。まじかよー、と若干憂鬱になりながらSpinasのエイドを出発した。


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途中美味そうな水が流れているので、コップで汲みたくなるが、上部に牧場があるかどうかも分からないので、飲むことができない。じっと我慢して、ハイドレのドリンクを飲む。(恐れていた通り、牧場ありました。)

2kmの距離で600m登るもんだから、これまでない急登。登りでなかなかペースのつかめないよねっちを先頭に、粘り強く登る。1時間ちょっとするとコルらしきものが見えてきた。道標が立っているので間違いない。風も強くなってきた。

道標のところには日本人らしき人がいた。Narioさんだ。スタート直後やんわり抜かされて以来、見かけなかったので随分先に行ったのかなと思っていました。

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ここからの風景も雄大で、いつまでも居たい場所だったけど、強風のため体温が奪われる。よねっちの風邪にもよくなく、咳が止まらなくなった。保温をしながら早く標高下さなければ。Narioさんは一人先にルートを下って行った。

どう下ってSamedan(55km,1702m)の街まで来たかは忘れてたけど、駅の地下通路を使って線路の反対側へと出た。すぐにスポーツセンターみたいなところがあり、そこがSamedanのエイド、時刻は8/13の20時42分だった。スタートしてから12時間42分、なんとかギリギリセーフでヘッドライトを使わないで到着。

ここSamedanのエイドは予め荷物を置いておけるエイドで、まずそれをスタッフから受取るが、荷物を探して渡してくれたのは地元の子供たちだった。「ありがとう♪」

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体育館の中に入るとテーブルが10個くらい出ていて、ざっと30人くらいの選手が休んでいた。その中には日本の選手も何人かいたし、ロストバゲージのミシマくんもいた。

このSamedanのエイドでおこなったのは、目いっぱい食べること、水ぶくれ予防の足のケア、ストレッチ、セルフマッサージ。選手用のベッドも用意されていたが、まだレース序盤なので先に駒を進めることにした。

【55km,Samedan(サメダン)→96km,Maloja(マローヤ)】
エイドを出ると既に日は落ち、夜と化していた。今回用意したヘッドライトは二つ。メインで使用するのはLED LENSER(レッドレンザー)のH7.2と予備の旧H5。共に電池は単4なので持続時間は無いが軽いので頭にかかる負担は少ないし、予備電池の共用ができる。また、H7.2のレンズが優秀で、広角かつ光のムラがないのも使用したい理由だ。

当初、ヘッドライトの明るさは見やすさと電池消費のバランスをみて中くらいで点灯(無段階で調整可能)させ、電池が無くなったら2台目に切り替えようかと思っていたが、ためにしH7.2を最小光量にしてトレイルを進めることにした。走るならともかく歩くならなんとかなりそうだ。(電池は一晩もちました。)

コースはSamedanの飛行場の脇を通り、64km地点,2731mのChamanna Segantiniを越えて隣町のPontresina(69km,1805m)に下りる。なので、まずはアップダウンも含め1100mの登り。1回目のナイトセクション、既に右の足底は痛くて特に下りは厳しいけど、なんとかだましだまし行くしかない。

登っていると先に出ていた日本人選手の人に追いついた、追いつくというより、休んでいるみたいだったので、ひと声かけて抜いた。少しするともう一人日本人選手に追いつく、それはミシマくんでした。お腹が空いたので一旦止まったらしく、またひと声かけて抜かさせてもらった。

しばらくすると後ろから選手が追い付く。さっき抜いたミシマくんだった。ミシマくんは抜くそぶりはせず、自分たちのペースに合わせるように後ろについた。というより、お互いおしゃべりをするために、自然とそのような感じになったのが正解。この先、ミシマくんとは旅の相棒として、ゴールまで共に頑張ることになる。

二人旅から三人旅へ。話す内容は事欠かない。彼は熊本から来たということ、ロストバゲージのこと、九州のトレラン事情に関する事。そしてもうすぐ彼はパパになるということ。ゴールまでの間、色々と話したね。

Pontresinaのエイドを1:50ころに通過し、80km地点Fuorcla Surlej(2755m)のコルを目指す。次のエイドはこのコルを2km過ぎた先にある2699mのロープウェイ駅だ。900mのアップなんだけど、どうも記憶が飛んでいる。Rosegまでのダラダラとした林道の坂道は覚えているが、登山道に入ってからコルまでの間が覚え無し。コルを下り、トラバースしてエイドまではちゃんと覚えているんだけどね。きっと寝ながら登っていたに違いない。

時刻は8/14の6時ころ、空は次第に明るくなり、82km地点のエイドに到着。ロープウェイ駅舎のエイドは併設されているレストラン内にあった。中はとても暖かく、冷えた体にはとても優しい場所だった。相変わらずエイド食は一緒であったが、温かいパスタとスープはありがたい。また沢山食べてしまった。

あまりにも眠いので、ここのテーブルで寝てしまいたかったが、次のエイドのMalojaにベッドがあるので、そこまで頑張って行くことにする。次と言っても14km先なので3時間以上はかかると思うけど。

外に出たら激寒。そりゃそうだ、あんだけ暖かい中にいたのだから。動き出せばすぐに温まるだろう。ルートは1000mのダウン。トラバースしながら下るが、時より出てくる急な坂が自分の足に負担がかかる。次のエイドでストレッチだ。

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綺麗な湖を右に見て、平坦な湖畔道を進むとMaloja(マローヤ)の街があった。標高1803m、96km地点にあるここのエイドはほぼルートの半分まで来たことを意味する。体育館に作られたエイドはロビーに食事場所、ホールにベッドエリアがあった。ベッドといっても厚さ10cmほどの体育用ウレタンマットが10個ほど置いてあり、各マットに二つ毛布が置いてある。アンドラのそれと比べると素晴らしい限りだ。

8/14、9時半に到着し、カットオフタイムの12時15分まで2時間45分あることを確認した。確認したと言っても余裕を確認したというより、焦りを確認したに近い。それでもここで30分寝ることにした。

【96km,Maloja(マローヤ)→135km,Savognin(サヴォニン)】
1時間10分ほど滞在し、10時過ぎにMalojaのエイドを後にする。舗装道路を500mほど歩き、すぐに登山道へと入る。斜面は急だが、トレイルはつづら折れになっているので、そんなには大変ではない。

標高を上げるにつれて、雲行きが怪しくなってきた。遠くの方で雷鳴が聞こえる。う~ん、ますます怪しい。2645mのLunghinpass(ルンフィン峠?)に近づいたところで、雨が降り出す。レインウェアのジャケットだけ着てレースを進めるが、嫌な予感がする。

コルが見え始めたところで「ゴロゴロゴロロロロロロロ・・・・・」雷鳴だ!
マジかよ、しかもこんなところで。

そして次は・・・「ピカッ!!」 すぐに雷鳴。

「やべーーーーー」

コルで立ち止まってなんかいられない。一目散に走りだし、トレイルを下る。雨も次第に強くなってくる。このレース中、一番走ったかも。結構脚が辛かったにもかかわらず、それなりに走っている。なんとかなるもんだな。

うちら3人と、もう一人現地の参加者を含め4人で慌ただしく下ると、徐々に雷鳴が遠くなっていった。でもまだ気を許せないので、もう少し走って下ることにする。すると下からトレッキングの集団が登ってくる。雨もポツポツと降っているし、前方の山で雷が鳴っているのは聞こえているはずだ。それを気に留めることなく登っている様子。どうも理解に苦しんだ。

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500mほど下ったところで、山岳地帯にある草原のような場所に出た。そこは1本の砂利道が通っていて、両サイドに広大な牧場が広がっている。地形的に大きく見ると沢というか谷地形になっているが、その感覚はあまりない。どうやら道路を使って下界まで下りるみたいだ。

その道路は途中で舗装路となり、ポールをつくたびにカツカツとうるさい。眼下に小さい街が現れ、エイドステーションがある雰囲気を漂わせた。そして反対側の山肌を見ると、登っている選手を見ることができる。コースマップどおりだ。ルートは幹線通りと並行に山の中を進み、次の大エイドであるSavogninへと続く。着々と一コマ一コマ進めるしかない。

8/14、14時、110km地点、標高1769m、Bivioのエイドに到着。中に入ると10人くらいの選手がいたが、みな疲れている表情だ。あまり長居するつもりではないが、食べるもだけはちゃんと食べる。相変わらず自分の胃腸は快調だ(笑)

食べたらすぐに出発したかったが、天候がそれを許してはくれなかった。食べている最中、雷と共に強い雨が降ってきた。どの選手も足止めされた。

20分ほどすると、弱くなった。また降るかもしれないけど、先に進まなければならない。他の選手はまだ様子を見ているが、レインウェアを着直して3人旅を再開させた。


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Bivioのこじんまりとした綺麗な街を横断して、トレイルに入る。降ったり止んだりをくりかえす天気。そしてトレイルは400m上がったらトラバースを主体にアップダウンを繰り返す。

山の中は相変わらずの天気で、降ったり止んだり。時より強く降ることも。順調に、いや粘り強くAlp Flixのエイド、Derratのエイドを通過し、1200m下ってデポバックが置いてあるSavogninへ向かう。

二つ目の大エイド135km地点、標高1173mのSavogninには8/14、22時に到着した。135km歩いた右足は悲鳴をあげていた。エイドに入った時点では「ここで終わってもいいかも」という気持ちだったが、とりあえず、食べるものを食べて、水ぶくれ予防のケアをし、ストレッチして45分寝た。

リタイアとなると公共交通機関を使ってDavosへ自力で帰らなければならない。ここSavogninは鉄道が敷かれていて、1回乗り換えればDavosへと帰ることができる。Savogninから先へと進むと、鉄道があるエイドは無くなる。ちなみに、ゼッケンを見せれば無料で乗れるそうだ。

人間の体とはすごいものだ、たった45分の睡眠と軽いストレッチだったが、結構回復した。というわけで、この先をつづけるのになんの迷いもなくなった。

【135km,Savognin(サヴォニン)→181km,Arosa(アローザ)】
Savogninを出発した3人は、暗い街の中を歩きだす。この先のルートは比較的標高が低い箇所を通過する。2回目のナイトセクションということで、ありがたい。そしてここからは、T121の選手と合流する。やけに選手が増えたのはそのせいだった。

ルートの予習不足だったので、この低い標高のところがどんなところなのか知らなかった。ミシマくんの情報によるとボーナスステージみたいだ。ほとんどトレイルというトレイルはなし、舗装路と砂利道を行く。高低差もさほどない。苦せずして11kmにあるTiefencastel(146km,851m)のエイドに到着。補給をしてレースに戻る。

静かなTiefencastelの街の中に「カツカツ」とポールの音だけが響く。次のエイドは14km先にあるLenzerheide(160km,1473m)。600mちょっとのアップ。ここも比較的ボーナスステージだったが、なにぶん早朝4時から6時の時間帯。まだまだ真っ暗なので、ものすごい眠い。山の中腹に造られた街、Zorten(ツォルテン)やLain GR(ライン)の坂道をフラフラになりながら「あとちょっと、あとちょっと」と言い聞かせる。

Lenzerheide(レンゼルハイド,160km,1473m)の街はスキーの街だった。スキー場の中を下り、街の体育館に設置されたエイドに入る時(8/15,6:05)は、空は明るくなり、新しい日を迎えた気持ちになった。あまりにも眠かったので、食べるもの食べて30分寝ることにする。正味1時間10分の滞在で駒を進めた。

日付は変わり8/15の朝。残り40kmを今日までにゴールできれば完走だ。Lenzerheideのカットオフタイムを約2時間早いタイムで出ることができた。歩き作戦は体へのダメージは少ないものの、カットオフタイムとの戦いを強いられる。いつも残り時間を気にしなくてはいけないのは辛い。

ルートは森の中のトレイルをひた登りスキー場に出た。そこからはひたすらスキー場の砂利道をコルまで登る。さすがに最後はトレイルだったが、よくまぁ標高2500mあたりまでスキー場として開発したもんだ。

Urdenfurggli(168km,2546m)のコルに到着すると反対側から自転車を押して登ってくるライダーに出会った。おそらく自分たちが登ってきた砂利道を下るのであろう。その後、4,5人がMTBを押して上がってくるのだった。

天気は雲が多いが、ガスは出ていない、時より青空も見えるが、晴れとは言えず。コルを過ぎて、少し下るとロープウェイの駅舎や山小屋が見えた。おそらくArosaのスキー場の施設だろう。これから登る2653mのWesshorn(ワイスホルン)は雲で見えないが、景色はすこぶる良い。

さすがに1200m登ってきたので、それなりに疲れた。Wesshornの手前にHornlihutte(170km,2511m)のエイドがあった。ロープウェーの駅舎の倉庫に造られた狭いエイドで、入って驚いたのは韓国人選手(男女混成)が8人ほど、床に寝ていた。ゼッケンを見るとT121に参加している選手だ。うちらが補給をしていると、みな起きだして、出発していった。

うちらも10分くらいしてから出発する。とりあえず、目の前のWesshornを攻略したら1000m下ってArosaの街に下りる。足に爆弾を抱えている自分としてはWesshornの登りよりもArosaへの下りの方が憂鬱だ。

Wesshornを登る途中で、さっき寝ていた韓国チームを抜いてピーク到着。このレース唯一のピークだ。ピークだが、ピークらしさがまったくない。なにぶんロープウェーの駅舎に加え、山頂が広々としているからだろう。さらに雲がかかってしまい、景色はゼロ(T_T) なんか盛り上がらん。盛り上がらないし、風がそれなりに吹いているので、すぐに下ることにした。

そして憂鬱な下り1200m。当初はトレイルだったが、中腹あたりでスキー場に出る。そこからは砂利道を通って、街まで下った。幸いにも急な下り坂はなく、ほとんどグラベル(未舗装)で行けたのはよかった。

下った街はエイドステーションがあるArosa。小さな湖に噴水があり、観光客もちらほらといるきれいな街だった。

8/15,13:52、若干道を迷いながらも、Arosaのエイドに到着。(181km,所要時間53時間52分)スタッフが先導し、体育施設だと思われる建物の中に誘導される。たぶんアリーナか体育館のバックルームだと思われるこじんまりとしたところ。食事の内容は全く変わらないが、ここがまともなエイドの最後だろうと思い、パスタをモリモリ食べた。

【181km,Arosa(アローザ)→200km,Davos(ダボス)】
30分くらいの滞在で出発。ここのカットオフタイムは17時35分。3時間ほど余裕がある。残りは19km、ゴールが見えてきた。身体は相変わらず、右足が重くて、右足底が痛い。でもあとひと登りして下ればDavosに帰ることができる。精神的にも楽になってきた。

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まずArosaの街をさらに下り、鉄道を横切り、川を渡る。そこからStrelapass(2346m)まで基本登り。川を渡るあたりで雨が降ってきた。天気予報どおりだ。早速ジャケットだけではなく、パンツも履いた。これから登りが待っているのは分かっていたが、下界でも気温が低く、標高を上げた時のことを考えてそうした。

雨は降り続き、もうシューズの中はぐしょぐしょ。幸いにも風は無かったので、牧場などの木が無いところでも、動いてさえいれば寒くはなかった。

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山の中腹に造られた農村集落Tieja(2011m,187km)を通り過ぎて、最後のエイドであるJatz(1831m,192m)に一旦下る。残り8km。エイドではトイレを利用し、スープを飲んだ。エネルギー的なものは持っているハチミツで摂取することにする。

さぁ、あと目の前にある山を500m登ればDavosの街が見えてくる。あとゴールまで2時間半くらいか?

ミシマくんを先頭に、3人一列で雨が降る中頑張って登る。最後のハチミツを飲み干し、足場の悪いトレイルだったが、これを登ればと思うと大した問題ではなかった。

コルに近づくにつれて雨足が弱まってきた。コルの箇所だけ風が強いのかと思ったが、そうでもなく安心する。雨も上がり、空は少しづつ明るくなってきた。

Stelapass(2346m,195km)には小屋があって、そこのご主人だろうか? Davosまでスティープだから気を付けてとアドバイスをもらう。「まじかよ」と思ったが、行くしかない。

ここからは自分が先頭で下った。残り5kmの表示を通過し、いつスティープなトレイルが出てくるのかとヒヤヒヤしたが、結局のところそんな所は出てはこなかった。雨で滑りやすいよと言う意味だったのだろう。

19_眼下にダボスの街_181km,Arosa(アローザ)→200km,Davos(ダボス).JPG
1900mを切るあたりで砂利道に出る。眼下には雲の隙間からDavosの街を見ることができた。明るいうちにゴールはできそうだ。

ケーブルカーの駅舎があるSchatzalp(1861m,198km)からはまたトレイルになりトラバースしながら下った。トレイルが終わった瞬間に街になった。目の前には家が立ち並び、舗装された下り坂が目の前にある。これを下って左に折れればゴールゲートがあるはずだ。

しかし、街の雰囲気は全くレースが開催されていることを感じられない。ようやくゴールの直前、メインストリートに出たところで、応援してくれる人が数人いた。

そして、ミシマくんを真中にして3人肩を組んでゴール。


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長い長いレースだった。途中諦めずに進んでよかった。これも一緒に戦ってきたよねっちとミシマくんのおかげだ。ゴール後、三人で抱き合った。スタッフはそれを暖かく見守ってくれた。そしてビールは飲むかい?と尋ねてきた。「もちろん飲むよ!」 ゼッケンにビールのアイコンが描かれた引換券みたいなものがあったので、たぶんそのことだと思った。
そして手渡されたのは・・・・・。なんとノンアルコールビール(ーー;)
まじかーーー、オレはちゃんとしたビールが飲みたいのに!
ただでもらったものに対して文句は言えないので、ノンアルコールビールを片手に、三人ゴールゲート前で乾杯したのでした。その後、あまりの寒さにブルブル震えましたが(笑)

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【エピローグ】
60時間という時間をどう訳せばよいのだろう。ゴールしてみると、それは単なる過ごした時間にしかならない。戦っている最中は自分との戦いで、時間に殺されそうに思えるほど精神的に追い詰められた。

序盤は天候も、景色も抜群で、まったく飽きず「お散歩、お散歩♪」と言いながらレースを続けられた。でも初めての夜を迎えるころから身体が悲鳴を上げ、時間に追われる展開となり「レースを楽しむ」と自分に言い聞かせながら、駒を進めるのがやっとであったことを思うと、本当にレースを楽しめたのか疑問に思う。

完走者は出走184人中(男163,女21)、93人(男81,女12)、完走率50.5%でした。日本人だけを見ると、出走12人(ALL男)のうち、完走したのは6人。完走率と同じく半分の人がどこかでリタイアしたのでした。コース的には厳しい箇所はなかったので、距離と時間と体力に翻弄されたのかなと思っています。リザルトを見ると、96km地点のMalojaでリタイアしている人が多かったです。

完走してみると、苦しく長い道のりだったと思うところもあり、こんなもんでしょと思うところもある。達成感だけが心地よい感じで湧いてきて、それは帰りの汽車や飛行機内でなんか遠くのほうをぼんやり見ているような自分がいた。そっか、「終わったんだ」とひとり言をポツリと出してしまいそうでした。

もちろんこうして完走レポートを書いていられるのは、共に旅したよねっちであり、ミシマくんのおかげです。本当に二人には感謝しています。もし一人でレースしていたら、Savogninでリタイアしていたかもしれません。お互いが引っ張り合ったおかげで完走できたのでしょう。こういうロングレースは旅友がいる方がいいですね。ただし、タイムを狙うとしたら一人が良いでしょう。お互い遠慮して、色々なことで余計に時間がかかります。

さて、今後はまず右足と足底を治すことに専念します。当分の間は海外レースお預けかな。また一からトレランをやって行くことにしましょう。



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